学校や施設、街行く人々に対してとんでもないクレームつきつける親、いわゆるモンスターペアレント。ネット等でそのトンデモエピソードを目にするたびに鼻で笑ってきた私だが、実は今、自分自身がモンスターペアレントになろうとしている。つま先がダークサイドに入っている。あと少し、ほんの少し体重を前に傾けるだけで、真っ逆さまに落ちていく。
モンスターペアレントになるのは、ほとんど無自覚だと思っていた。けれど今、自分の意思でどちらにもなれる気がする。自分の心をどちらかに傾ければ、どちらにもなれる。
では、どのようにして私がここまで心のモンスターを大きく育てたのか。
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おたくの息子は「どんくさい」
ことの発端は、息子の健診まで遡る。とても端折って言うと、息子はそこで積み木を積めなかった。「これなに?」とハサミが描かれた絵を指差しながらたずねられても答えなかった。もちろんそれだけじゃなく、健診中の様子やその他諸々細かいところはあったのだろう。息子に対する評価は「どんくさい」と「家族以外の人と接する機会が乏しい」だった。
まず驚いたのは「息子さん、ちょっとどんくさいところあるので」という相談員の言葉。私の中で「どんくさい」は悪口だった。陰で「あいつどんくさいよな」と笑ったり、仲の良い友達に「も〜、どんくさいなぁ(笑)」と冗談めかしたりするときに使う言葉だ。決して昨日今日会ったばかりの初対面同然の人には使わない。それが会話の中でポンポン出てくるものだから、私は戸惑い、妻は心の中でキレていた。
そして、提案されたのが、市がやっている「すくすく教室」なるもの。健診のとき、ちょっと気がかりだなと思う子を集めて、週一度、現役の保育士さんと、保育園みたいなことをいろいろする。全然行きたくなかったが「子供のため」と自分に言い聞かせ、参加することにした。
「ひとりでじっくり遊べたらいいんですよ」
初日、ドキドキしながら教室に向かうと、同じようにドキドキしたお母さんたちと何も知らない子供たちが10組ほどいた。カーペットの大きな部屋におもちゃや絵本、室内用すべり台、ボールプールなどが置かれていて、好きなもので遊んでいいとのことだった。息子はすべり台に行こうかと少し迷ってから、いつも行く皮膚科に置いてある車のおもちゃを見つけて遊び始めた。
その後、イスに座り、朝の挨拶やら歌やら手遊びやら、保育園っぽいことをした。それが終わるとリトミック(オルガンに合わせて体を動かすやつ)。そして、初回ということで、親だけ片隅に集まって交流会的な説明会が始まった。その間子供たちは、保育士さんとおもちゃで遊んでいた。
車座に座って、自己紹介。名前、住んでいる地域、どういう経緯でここを紹介されたかを順に話していった。するとおもしろいことにみんな「対人関係の不安」という共通の問題を抱えていることがわかった。
一通り自己紹介が終わったところで(と言っても誰ひとり名前を覚えられなかったが)、代表の保育士から一言。
「みなさん、ほかのお子さんと仲良く遊んだり、物を貸してあげられたりできるようになれば、とおっしゃってましたけど、今の時期はひとりでじっくり遊べたらもうそれで充分なんですよ」
開いた口がふさがらないとはこのことか。ここにいるほとんどの親が、検診で「対人関係が乏しい」と言われ、「ああ、やっぱり家で2人だけで過ごすのは子供にとってよくなかったんだな」と自分を少なからず責め、気が進まないけれども子供のためと言い聞かせてやってきているのに。フォローの意味も込めているんだろうけれど、それを言っちゃうと「じゃあ何のためにここに来たんですか」ってことになってしまう。
振り返れば、私が離れたことなどまったく気にせず、黙々とおもちゃで遊んでいる息子。「でしたらうちはじっくりひとり遊びできるので帰ります」と喉元まで出かかったのをぐっと飲み込んだ。
今までのはウォーミングアップ
「じゃあ帰る」なんてとても言えない小心者の私は、毎週毎週通い続けた。とてもストレスで「ズル休みしてやろうかな」と毎週考えたが「子供のた
め」という言葉が、呪いのようにまとわりついてきて、休めなかった。時間中ずっと「いやだなぁ。でも子供のため!でもひとり遊びできたら充分って言ってたしなぁ」と思考が堂々巡り。苦痛の1時間だった。
それでもなんとか3ヶ月間通い続けた。残り回数をカウントダウンしながら乗り切った。そして、最終回の前の回。
「では、来月から新しく時間を組み直すので、みなさん都合の良い曜日を教えてください」
え?あれ?次回で最終回のはずだよな。終わってから保育士さんに確認しに行った。
「いえ、これまでの3ヶ月は、いわばウォーミングアップで、次からの3ヶ月が本番です。時間も倍になります」
膝から崩れ落ちた。全力で走ってきた3ヶ月は、ウォーミングアップだった。帰って妻に相談した。すると妻は「いくら子供のためとは言っても、お父さんがしんどいんだったら元も子もないよ」と言ってくれた。ここで「そんなこと言わないで子供のためにがんばって行って」なんて言われていたら、どうなっていたかわからない。ありがとう、妻。
本番の3ヶ月は、やめることにした。
モンスターペアレントの仲間入り
やめると決めたものの、心には迷いがあった。市からやったほうがいいと勧められていたものを断るのだから「あそこの親はいうこと聞かない」と思われる可能性がある。それが引き継がれて、子供が保育園に通い始めたときに「あそこの親は気に入らないことがあったら文句言ってくるかもしれない」と変にマークされてしまえば、子供の保育に影響はでないだろうか。
でもいいや。これで私もモンスターペアレントの仲間入りだ。先のことよりも、息子と過ごせる今の時間を大切にしよう。残りの育休期間を嫌なことに使うのはやめよう。ウォーミングアップ最終回が終わってから、こっそり保育士さんに、子供ではなく、私の心がしんどいことを伝えた。そういう風に悩む人もいるんだと気付いて欲しかった。
割とすんなり受け入れられたが「ただし」がついた。「ただし、他にたくさん子供がいる環境にできるだけ連れて行ってあげてくださいよ」
なんだよ。結局ひとり遊びできてれば充分じゃないんじゃないか。「うっせ!バーカ」と心の中で唱えて帰った。
駐車場までの道で、今までほとんどだれとも会話していなかったのに、あるお母さんに「なべこうさんところは、来月から何曜日ですか?」と聞かれたときは、胸が痛んだ。
モンスターは相手が作り上げるもの
「モンスター」という言葉は、RPGでいうと「村人」からの目線で語られる。仲良くしたくても「モンスターだ!」と言われてしまえばもうモンスターだ。自分ではまったくそのつもりがなくても、モンスター認定されているというパターンはよくある。
あきらかにこちらが一方的に村を破壊しまくる(攻撃的な態度でクレームをつけまくる)場合、モンスターと言われても仕方ない。ただ、穏やかに接していても、相手に異質なもの(異論)を受け入れる準備がない場合も、モンスターと言われてしまう。これはもうただただ不幸だ。
これを防ぐにはコミュニケーションしかない。じっくり話して少しでも多く気持ちを理解してもらう。理解する。しんどいけど、これしかないんじゃないかと思っている。
これから保育園を皮切りに、小学校中学校とお世話になる。できるだけ何もなく過ごしたい。そう、ただ穏やかに過ごしたいだけなんだ。
以上、なべこう(@fukujion)がお送りしました!