育休男児

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思ったこと 音楽

「ようこそジャパリパークへ」の大石昌良くんとミッフィーの女の子

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「けものフレンズ」おもしろいですね。1話を観て「30分無駄にした」とポテチを握りつぶしていた妻も、今では「早く次観せて」と暴走気味です。観るきっかけになったのは、主題歌の「ようこそジャパリパークへ」が、大石昌良くんによるものだと知ったから。

初めて大石昌良くんのことを知ったのは、大学生のころでした。そのときは大石くんというより、大石くんが組んでいたバンド「Sound Schedule(通称:サウスケ)」として認識していました。

サウスケを知ったのは、彼女がサウスケの大ファンだったから。CDもたくさん持っており、ライブにも行ったことがあったそうです。聴かせてもらって「けっこういいやん」と思ったのを覚えています。

しかし、知る直前だったか直後だったか、サウスケは解散してしまいました。解散後、ボーカルだった大石くんは「大石昌良」としてソロ活動を始めました。

それからしばらくは、大石くんの動向をチェックしていました。CDも何枚か買いましたし、生で見に行きもしました。けれども、いつの間にか音楽の趣味も変わり、大石くんの名前は頭の中から綺麗さっぱり消え去っていました。

数年経って、再び大石くんの名前を目にしました。知らない間に彼は「アニソンの帝王」という役職になっていました。名前も「オーイシマサヨシ」とカタカナになっていました。そして今回の「けものフレンズ」です。「新しいスタイルを確立したんだね」と妻と話していました。

「あ、そういえばあのミッフィーの女の子、今頃どうしてるやろ」

私たち夫婦には、大石昌良くんあるところにミッフィーの女の子ありというほど、脳裏に焼きついてはがれないイメージがあるのです。今日はそんなお話。

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あるとき、大阪城公園で開催される「オーサカキング」というイベントに行くことになりました。毎日放送の各番組がいろんなお店を出店する大規模なイベントです。行くことになったのは、なんとなく4チャンネル(特にちちんぷいぷい)が好きだったこともありますが、ゲストライブに大石くんが来ることも大きな理由の1つでした。

大阪城のすぐ下に組まれた、決して大きくない特設ステージで、浴衣姿に麦わら帽子の大石くんが弾き語りを披露してくれました。超有名人というわけではなかったので、後ろを素通りしていく人も多かったです。

気持ちよさそうに歌う大石くんの歌を聴きながら、ふと周りを見渡してみると、ミッフィーのトートバックを持った地味めの女の子がひとりで大石くんの歌を聴いていました。その眼差したるや、まるで脳のハードディスクにこの光景を録画するかのようでした。

「ガチやな」と私は言いました。「ガチやね」と妻も言いました。

またある日、大石くんのCDに、大型ショッピングモールでの握手券が付いていました。少し遠かったのですが、ショッピングモールの近くにここらでは珍しいミニストップがあり、これまた妻が好きな伊藤淳史と仲村トオルのカレーパンが売られているということで、行くことになりました。

すると、そこにもいるのです。ミッフィーのトートバックが。

浮かれてぴょんぴょん飛び跳ねることなどなく、ただじっと両足を確かに地面につけて、真顔だけどその目はおかんのような優しさにあふれていました。

「ガチやな」と私は言いました。「ちょっとこわい」と妻が言いました。

よく見ると、オーサカキングのときと出で立ちがほとんど変わっていません。これはひょっとすると目印なのかもしれません。大石くんに覚えてもらうための。大石くんに見つけてもらうための。心なしか大石くんとミッフィーが握手するとき、大石くんの表情が「いつもありがとう」と言っているようでした。

それ以来、大石くんを生で見ることはなくなりましたが、大石くんの名前を聞くたび、頭の中にはミッフィーが浮かぶようになりました。その女の子の顔は思い出せません。蘇るのはミッフィーだけです。そう考えると、これはミッフィーの作戦勝ちかもしれません。きっと大石くんは、ミッフィーを見るたびにその女の子のことを思い出しているでしょう。

今頃どうしているのかな。最近見た大石くん出演の歌番組の客席を探してみたりしました。まだミッフィーを身につけていたら嬉しいな。でも、もしかしたら「私が好きなのは大石昌良であってオーイシマサヨシじゃない」と家で「あの街この街」を繰り返し聴いているのかな。

ふと気になりました。終わり。

何気に名盤。


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